おれのブログ #それはドリ〜ム

勢いだけで書いてますんで、脳内で校正しながらお読みください…

よく知らないんだけど、ノーベル賞を受賞した中村修二さんと、当時在籍していた日亜化学工業と揉めてたんですか

よく知らんのですけど、ノーベル賞を受賞した中村さんの件なんですが、日亜化学から酷い待遇を受けて、それを乗り越えて受賞。やっぱり日本企業ってダメダメだよねー、みたいな構図なのかーっとぼんやり伝わってきてた気がするんですが、Twitterをみてると、そう単純な話しでもないようなんで、ほんのちょっとだけ調べてみた。

えっと、まずは中村さんは日亜化学に在籍中に青色発光ダイオードを発明したと。 で、2001年に、正当な報酬を求めて裁判を起こした、と。 その背景には、発明時に日亜化学が出した報酬は2万円だった、と。

でもって、裁判では最初に20億円を請求。それが3度増額されて(これはなんでだろう)、200億円になったと。 で、東京地裁は2004年に200億円の支払いを命じました、と。 結局裁判は、東京高裁で和解が成立しして、支払額は8億4000万になったぜ、と。

ここまでが裁判の事実関係なわけですね。 でもって、中村さんも日亜も満足はしていないらしい。

それが今回、中村さんが受賞して「苦難を乗り越えて発明したものがノーベル賞を受賞」という感じになって伝わってきたわけね、なるほど。

ソースはこの辺。

青色LED訴訟、日亜が8億4391万円支払いで和解

中村修二氏、発明対価訴訟の先駆け 報酬高額化に道 

ノーベル賞、勝因は「怒り」=日本企業に苦言も-中村さん

んでもって、ちょっと引っかかったツイートはこちらっと。

とまぁ、検索すると「2万円しか貰ってねぇのかよ、日亜酷でぇぇ」的なコメントが目立ったんですが、会社内の報酬制度を知らないんで、何とも言えないけど、当時、その価値を正当に評価できたのか、ちょっと微妙ですよねぇ。

まぁ、でも

 その後、日亜化学は、中村修二の技術や特許を使って、業界首位の位置を得た。ここで、1億円ぐらいの報償金を与えれば、何も問題は起こらなかった。ところが、日亜化学は、「青色 LED の研究をするな」という(新)社長の命令に反して、勝手に青色 LED の研究をした中村修二が憎くて仕方なかった。そのせいで、金を与えなかったし、のみならず、あらゆる名誉を剥奪しようとした。  中村修二としては、金をもらえないぐらいならば我慢できただろうが、名誉剥奪の形で自分の貢献を無にするような扱いには、耐えかねたのだろう。かくて、売られた喧嘩を買う形で、ケツをまくった。それで、世間で大騒ぎになった。

Open ブログ: ◆ 青色 LED の業績

こんな話しもあって、こうなるとワイドショー的な感じで興味を失いました。。

 

ひとまず