読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おれのブログ #それはドリ〜ム

勢いだけで書いてますんで、脳内で校正しながらお読みください…

悲しいライブやります(殴り書き乱文御免)

3月末に予定していたライブは、他のバンドが出演できなくなり、企画自体が延期(中止?)になりました。

で、もう一つの方は、演奏する場所がバーということもあってか、企画は実行するとのこと。で、参加するしないは「出演者の意志にお任せします」ということだったので、後はぼくらがどうするか、だけだった。

正直いって、自分はやりたくないというか、無理だと思った。

もちろん、不謹慎だとかいう理由じゃなくて、単純に楽しめないと思った。ためしに、演奏の練習をしてみたものの、ぜんぜん身が入らない。楽しくなかった。

でも、むしろ我々のような直接被害を受けていない者は、どんどん働いて、どんどんお金を使って経済を回した方がいいという理屈もある。

それはそうだろうな、こんなんじゃいけないな、と思いつつ、ただただ気持ちが乗らなかった。

そんな気持ちは自分だけじゃなく、他の2人のメンバーも似たようなもので、だれも「やろう」とも「やめよう」とも言い出さなかった。

メンバーの1人がチャリティーの要素をいれたらどうか?という提案があった。

確かに、義援金を募って、わずかな金額でも届けられれば、それは意味のあることかもしれない、でも、何か腑に落ちないものがあり、答えは出せないままだった。

そんなどっちつかずの状態が急変したのは、仕事帰りの電車の中、iPhoneでバンドの練習を聴いていた時だった。

確かにこれからの日本は、復興に向けて、大変な困難が立ちふさがっている。

しかも、いまだ福島原発は、予断を許さない状態が続き、震度5以上の余震が一日に何度も起きている。

明日がどうなるかまったくわからない人たちが信じられないくらい大勢いる。

だからこそ、日本中のみんなが、なにか出来ることはないかと考えて、それぞれが実行に移したりしている。

もしも人様の前で演奏をするのならば、本当に些細なことになるけど、そういった性格のイベントに参加して、その流れに乗ることくらいしかないと思ったけど、何かが引っかかり決断出来ずにいた。

だけど、バンドの音を聴いているうちに、ふとその引っかかりの正体がわかってきた。

その引っかかっていたものの根っこは、今回の被災で発生した多くの悲しみ、そして、あの日、突然命を奪われてしまった数千、数万人の人たちのことだ。

確かに復興に向けて、何かをすることは大事なことだけど、それと同じくらい、亡くなってしまった人たちのことを忘れてはいけないんじゃないかと思った。

すごく個人的な意味で、亡くなった人たちのことを忍びつつ、この悲しみを演奏することによって、たとえ誰にも伝わらなくても、それを想って演奏することができれば、それは少なくても自分にとっては大きなことだと思った。

その結果、何が変わるかわからない。何も変わらないかもしれない。でも、繰り返しになるけど、自分にとってはすごく必要なことだと思った。

というわけで、4月2日ライブやります。

なんか面倒なことを書いたけど、やる曲はYMOのコピーです。

ビール飲んで書いたで文章めちゃくちゃだけど、まぁいつものことだしいいか。

なんか、決意表明みたいなことを残して置きたかったんで、勢いだけで書きました。ちゃんちゃん。

広告を非表示にする