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おれのブログ #それはドリ〜ム

勢いだけで書いてますんで、脳内で校正しながらお読みください…

音楽の個人差と音楽の起源

ブツブツ

土曜日は次男の保育園の卒園式があった。

園児、特に女の子は「なんで?」って言いたくなるくらい泣きわめく子どもがいるんだよね。

なんかすげーなと思いました。

それはともかく、最近ウチの子たちは平井堅の「僕の心をつくってよ」って歌がお気に入りで、テレビで流れると全員で歌いだすし、長男はiPadで何度もリピートして歌ってる。あの曲のどこが子供たちの琴線に触れるのか不明だけど、子供たちの歌を聴いてて気づいたのは、長男は歌詞は結構いい加減だけど、歌い方とかメロディーを、次男は音程は外しまくるけど歌詞に気をつけて歌っているようだ。

これは発達/発育による違いなのかなんなのか分からないけど、おれは音楽における歌詞の意味はほとんど重要ではなくて、歌も楽器の一部としか耳に入ってこないので、もしかしたら長男はおれに似たのかなぁとなんとなく思ったり。

そもそも音楽はなぜ、どうやって生まれて、なぜここまで発展してきたのか?という問いに関して、どこかで誰かが言ってた、人間と自然、人間と人間のコミュニケーションのツール云々って仮説が一番しっくりしている。

お腹空いたんで終わり。

子供の時の夢

ブツブツ 子ども

子供の時の夢に「漫才師になりたい」があった。

そのきっかけは、母親の「お母さん、ツービートが好きだな」の一言だったように思う。

あと、その時期にクラス中からシカト?無視?されるイジメにあったのも影響があるのかもしれない。

 

漫才師になりたいって、たぶん国語の授業だかで書かされた「将来の夢」をテーマにした作文に書いた気がするなぁ。

ちゃんと相方も見つけて(名前は確か…小林くんだ)、漫才の真似事もしてた気がする。周りは学校終わったあと野球とかしてたけど、おれと小林くんは漫才の練習をしてた。

 

まぁその「漫才師になりたい」夢はいつの間にか消えてしまったわけだけど、その代わり大人になってコントをやりたい欲求が常にあるのは、満たされなかった漫才師の夢だけじゃなくて、ドリフターズとかYMOとかスネークマンショーの影響かな。

今の自分に圧倒的にかけているもの

ブツブツ どうでもいい

それはユーモア。

このエントリ自体ユーモアが全くない。

ユーモアで辞書をひくと

思わず微笑させるような、上品で機知に富んだしゃれ。ヒューモア。ヒューマー。フモール。「━を解する人」「たくまざる━」

だそうだ。

 

なるそど。どこで微笑するかは個人によって違うから自分のツボをきちんと把握して…、あーーーユーモアが無い。

例えば、ノーパンで出社したとする。でもそんなのははたから見たら分からない。そこにユーモアを感じるか。

爪切りを普段は親指からするのを薬指からやってみるとか。

 

あとなー、大抵のユーモアって、「私はユーモアのセンスがあります」アピールだったりすんじゃねぇかなぁ。まぁでも社会ってーのはアピールこそ全てみたいな面があるからな。

っと、ここでアピールを辞書で確認

アピール〖appeal
(名)スル
〔アッピールとも〕
①人々に訴えかけること。「読者に強く━する」
②訴えかける力。魅力。「セックス-━」
③運動競技で、選手が審判に判定についての不服を申し立てること。

なんでセックスが例えであるのか不明だけど、ちょっとユーモアを感じた。まぁ、なるほどである。

 

そんなわけで今日はユーモアを考えながら生活しよっと。

 

ひとまず。